「CAT FIGHT」



その日、レオリオのバイト先ではハウスウェディングが催された。
飲食店を経営する若いオーナーが、みずからの城で結婚披露宴を
開催し、スタッフや気心の知れた友人・知人達に祝われ、人生最良の
時を迎えたのである。
中でも古参のバイトで、面倒見が良く人望も厚かったレオリオは
幹事役として奔走し、何週間も前から準備に忙殺されていたが、
その甲斐あって大成功を収めた。
興に乗って三次会・四次会にまで至り、飲めや歌えやのドンチャン
騒ぎと相成る始末。
引き出物代わりの新婦手製の焼き菓子と、ビンゴゲームでゲットした
ロングピローを手に、レオリオが帰宅したのは午前3時。
彼は酒には強い方なのだが、ここしばらくの多忙による疲労の蓄積、
無事成功した達成感から来る安堵、ハメをはずした興奮もあって
フラフラの千鳥足で部屋に入る。
寝室まで足を運ぶのも億劫だし、既に寝ているクラピカを起こして
しまうのも忍びなく、襲い来る睡魔に抵抗するのも限界で、そのまま
リビングに倒れ込む。
久しぶりに、夢も見ずレオリオは爆睡した。



翌日、昼過ぎまでたっぷり眠って、ようやくレオリオは目を覚ます。
大学は休みだが、夜からはバイトがあるのでちょうど良い時刻だった。
幸い酒はほとんど抜けて、気持ちの良い目覚めと言えよう。
寝転んだまま伸びをして、ごしごしと目をこする。
すると、霞んだ視界の端にクラピカの背中が見えた。
「おはようハニー
まだどこか浮かれた気分で、レオリオは声をかける。
しかしクラピカは微動だにせず、返事もしない。
彼女の性格を知っているから、ふざけた呼称が気に入らなかった
のかと考え、改めて挨拶をする。
「おはよ、クラピカ」
それでもクラピカは反応しなかった。
読書中なら、没頭するあまり声が届かないこともたまにはあるが、
彼女の両手は正座した膝に置かれている。
テレビもついていないし、他の何かに気を奪われているわけでは
ないようだ。
さすがにレオリオも不審に思い、起き上がる。
「どうかしたか?クラピカ」
「ニャア」
返された声にレオリオは固まった。

――― 何だ今のは。
――― 聞き間違いか?

一瞬、真っ白になった頭を再起動させて、再度声をかけてみる。
「……クラピカ?」
「ニャア」
固まるのを通り越して凍りつくような気がした。
レオリオと違って、クラピカは悪ふざけを好まない。良く言えば
冗談が通じない、生真面目すぎるのが玉にキズの性格である。
それが、なぜ、今、どんな理由があって、いきなり。

(…………猫語……?)
普通の恋人同士なら『何ふざけてんだよ可愛い冗談だな』で
済むが、クラピカが相手では笑えない。
むしろ頭でも打ったのかと心配になるほどだ。
「…お、おい。どうしたんだ?何かあったのか?」
「ニャーっ!」
肩に手をかけようとして、噛み付かんばかりの勢いで払われる。
ようやく振り向いた顔は、眉がつり上がり目が据わった、まさに
警戒する猫の如き表情だった。
「ク…クラピカ?ど、どうしちまったんだ?」
「ニャア!」
ツンとそっぽを向き、全身から『寄るな』オーラが立ち上っている。
その様子から、どうやら何かを怒っているようだと察せられた。
同時に、レオリオの背をイヤな汗が伝う。
出会った当初から、ケンカなら数知れず繰り返したが、クラピカが
意味不明の言動に走るのは、単純な怒りではなく、拗ねている証。
誤解も含めて、こういう時には大変苦労させられてきたのだ。
過去の経験と対策が瞬時に脳裏を走る。まずは落ち着かなくてはと
レオリオは混乱しかけた思考で考えた。

一体、クラピカは何に対して拗ねて怒っているのだろう?
ここ最近は件の事情で、あまりかまってやれなかったが、それは
クラピカも承知の上だし、「しっかりがんばるのだよ」と応援して
くれていた。
当日の帰宅が遅れる事も、前もって伝えていたし、安眠妨害も
していない。
いささか酔っていたとはいえ、戸締りはきちんとしたし、もちろん
吐いたりなどしていない。
とっておきのスーツを着替えずに寝てしまったけれど、それでも
上着だけは脱いでいる。
間違っても、四次会の後で女の子をお持ち帰りなどしていない。
香水や口紅が付着した気配も無い。そもそも、そこまで女性と
接触しなかった。
……心当たりがない。

「え…えーと。クラピカさん?」
「ニャア」
「オレ、何かお気に召さない事しましたっけ?」
「ニャア」
「…すんませんオレ頭悪いんで。人間語で話して下さい」
じろりと琥珀色の瞳が睨みつけてくる。愛しいだけに尚更痛い。
無言のまま、クラピカはすっと手を上げ、指差した。
レオリオは不思議そうに、その指先を視線で追う。
「!!」
途端に、ぎょっとした。
そこにあったのは、ビンゴの景品でもらったロングピロー。
日本語で言えば、抱き枕。
その用途の通り、かかえて眠っていたらしく、寝相の所為か、
プレゼント用のラッピングが破れている。
昨夜は包装紙と、酔いと疲れと暗かった為に気づかなかったが、
その枕には。

…………等身大の女性キャラクターがプリントされていた。

それは、ローティーンにしか見えない童顔。
なのに、胸だけはスイカ並みのばいんばいん。
さらに、谷間も乳首もくっきりはっきりのチューブトップ。
および、スカートと呼べなさそうなマイクロミニの股間はパンチラ。
そして、モコモコの手袋とブーツにはピンクの肉球つき。
むろん、尻のあたりからは細長いシッポが出ているし。
はては、頭にネコミミが生えていた。
とどめに、「癒してあげるにゃん」というロゴ文字つき。

(誰だよこんなのビンゴの景品に選んだ奴ーーー!!!)
他人の趣味に文句をつける気は無い。世の中には、こういう物で
癒される人間もいるだろう。
しかし逆に、生理的嫌悪を感じる人間も存在するのだ。
クラピカのような潔癖な少女はその筆頭と言えよう。
何より、彼女にとって一番鬼門の『巨乳』でもある。
猫語になった理由は、ネコミミキャラへのあてつけだろう。
既に、妬いてくれて嬉しいとか可愛いとかのレベルではない。
血の気の引く思いで、レオリオは恐る恐る前を向く。
一瞬、思いっきり軽蔑したまなざしと目が合った。

「…ご…誤解、してねえ?」
「ニャア」
「こ、これは別に、オレの趣味ってわけじゃなく、ビンゴで当たった
景品ってだけだぞ?」
「ニャア」
「昨夜は酔ってて、こんな絵があるなんて気づかなかったんだ」
「ニャア」
「オレこんなの好みじゃないから!」
「ニャア」
説明しても言い訳しても、聞く耳を持ってもらえない。
というか、人間に戻ってさえくれない。
困り果てたレオリオは、思いあまって実力行使とばかりに背後から
抱きついた。
「クラピカ〜っ、オレにはお前だけだってばよ〜」
「ニャぁぁぁぁーーー!!」

―――
意訳。
「キサマなどネコミミ女に癒されていろ!!」









その夜、バイト先にて。

「おぉ?どうしたレオリオ。ずいぶんイケメンになっちまって」
「一晩で男っぷりが上がったじゃねーか」
「ダメだぜぇ?子猫ちゃんには優しくしなきゃ」
壮絶なひっかき傷とアザだらけの顔で出勤したレオリオに、先輩同僚
問わず、冷やかしの声がかけられる。
レオリオはそれには答えず、大きな袋に突っ込んだ抱き枕をロッカー
ルームの真ん中に置いた。
「欲しい方に差し上げます」と赤マジックで書いたメモ付きで。
幸いというか、枕本体を覆ったビニール袋は開封していないので、
未使用新品と言えるだろう。
ならば、きっと需要もある。

「先住の猫と相性が悪かったんで」

そう言って、黙々と勤務につくレオリオの背中は哀愁に満ちており、
仲間たちの同情と、忍び笑いを買ったのだった。



END

※注意※
ネコミミキャラは創作です。ネフェルピトーではありません。