「末は博士か花嫁か」 〜伍幕〜 |
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深夜の洋館の窓に、手燭の灯りがかすかに揺れる。 物音を立てず、人目を忍びながら室内へ侵入した人影は、 机周りを物色しながら何かを探していた。 (……あった) 引き出しの奥に厳重に仕舞われた小箱を取り出す。 蓋には鍵がかかっているが、壊してしまえば開けるのは可能。 「誰ですか」 その時、不意に部屋の電気が点けられた。 なかば確信的な誰何だったが、驚いて立ち竦むレオリオに、 サトツ教授は静かな目を向ける。 「書斎は自由に使って良いと言いましたが、そんな物の使用まで 許可をした覚えはありませんよ。レオリオ君」 レオリオが見つけ出した小箱には、貴重品の類は入っていない。 収めてあるのは、サトツが護身用としてエゲレスから持ち帰った ピストルだった。 以前に見せてもらった事がある為、レオリオも知っている。 否、それが目的で深夜の書斎に忍び込んだのだ。 サトツの態度は冷静で、怒りや驚きは見られない。なぜレオリオが そんな物を持ち出そうとしていたのか、おおよその見当はついて いるようだ。 「……すいません」 素直に謝るレオリオの視線は、暗く沈んだまま床を見ている。 サトツは困ったように息をつく。ピストルを使ってする事など、 一つしかない。 「医学を志す者が、物騒な考えを起こすものではありませんよ」 「…でも……オレにできるのは、……こんな事くらいしか…」 ルシルフル中佐さえいなくなれば、縁談は流れてクラピカは 自由になれる。 だから彼を“消す”為に、ピストルを手に入れようとした。 戦闘のプロである軍人相手には、それしか勝機は無いから。 「あと一年で卒業なのに、将来を棒に振るつもりですか?」 「……そんなもの、どうだっていいんです」 「君に不祥事を起こされたら、私が困りますよ」 「…………」 それも、わかってはいた。 軍人の暗殺を実行したら、成功しようが失敗しようが、サトツにも 迷惑がかかる。彼はレオリオの身元保証人なのだから。 逮捕はされなくても、管理不行き届きで責任を追及されるだろう。 恩師を困らせるのは心苦しいが、それでもクラピカを助けるには 他に手段を思いつかなかったのだ。 「……すいません」 頭を下げたまま、レオリオは呟くように謝罪する。 「…泥棒として警察に突き出してもいいです。……けど、その前に 弾丸を下さい」 その言葉に、サトツの目が見開かれた。 「一個だけでいいんです」 「レオリオ君…」 「お願いします」 「…………」 やれやれと、困った様子でサトツは大きく息を吐く。 「そんなに、あのお嬢さんが好きですか」 「――― ……」 無言は肯定の証。レオリオは黙ったまま、唇を噛み締める。 サトツ教授はレオリオに歩み寄り、彼の肩に手を置いた。 「少し落ち着きなさい、レオリオ君。そんな乱暴な方法でなくても、 道はあるはずです」 「…でも」 「君が殺人犯として投獄されて、彼女は幸せになるんですか?」 「…………」 レオリオは言葉も無い。 クラピカが自分を憎からず思ってくれている事は、あの雨の夜に 充分わかった。 何一つ約束をしたわけではないし、将来的な確約も無いけれど、 クラピカを幸せにしたいと切実に思っている。 でなければ、自分の将来を捨ててまで殺人など考えたりはしない。 サトツは物言いたげなレオリオから離れ、ソファに腰掛けると、 パイプに火をつけた。 「とにかく座りなさい。あのお嬢さんの件では、私も君に話が ありました」 「……え?」 促されて、レオリオはサトツの向かいに座る。 デンマーク製のパイプから細い煙が立ち上る中、サトツは話を 切り出した。 「先日、彼女を診察した時に気づいた事があるのですよ」 |